人は矛盾する思考を持つ
時に
自分を否定し
時に自分を主張し
矛盾
隣の芝は青く見える
誰かを羨む
その時自分を卑下している
自分を否定する
その時他者を肯定する
自分を主張する
その時他者を否定する
いろんな矛盾がある
時に
他者がよく見える時
時に
自分を主張したくなる時
自分を守るために
自己防衛が起こり
自己主張するために
他者に攻撃する
無意識に
色々な矛盾を持っている
人は、誰かを羨む
自分の価値を下げたい時
自分の責任から逃げる時
自分の存在感を恨む時
素直にいいな、あんな風になりたいな。
このシンプルな思考を認めるだけでいいのにね。
卑屈になり、
相手に無意識な攻撃をしたり
すねた態度を見せて、興味を引こうとしたりしなくていい。
また、
誰かのように、他者のように、生きようとする時
それは、
自分の中に、あの人のように
生きたい
そんな願いが隠れている。
その思いが自分の中にあることを
認めてあげたらいい。
だけど、その自分を認められない
その自分になることを、許せていない
そんな時に、
歪み、僻みになってしまう。
あの人は、あんな風に生きている
それは、他者の生き方
わたしもわたしの人生を生きてもいい。
わたしも憧れの理想像を生きてもいい。
でも・・
だって
どうせ
無理・・・
そんな言葉は、矛盾だから
他者を見て羨むことは
自分の魂が、輝きに満ちた人生を生きたい。と願うメッセージ
でも
だって
〜だから
無理・・・
その選択をしているのは自分自身なのだから。
幸せの回避
できる
できない。
ではない。
あんな風な人生を生きたい?
どう感じている?
どう思っている?
ただシンプルに聞いているのだ。
「生きたくない!」という思考が、一番に浮かぶならば
羨むのではなく、
他者の輝きや自由、夢を実現させる行動を
シンプルに応援してあげたらいい。
あんな風には生きられない・・・
そう選んだのだから
それでも人は、
羨むこと、妬むこと、否定すること、口を挟む
この思考って矛盾していない?
あんな風に生きたくない
そう思う時
他者が人生に輝きを持って
幸せに満ちている姿を見ても
何の反応も、感情も必要ないのだから
無反応になる。
誰かのように生きられない自分に
苛立ちの感情が隠れている現れ??
思考の矛盾は
無意識だから気づき難い・・・
本当は、わたしが
私の人生が輝かしい毎日でありたい。と願っている。
誰かのように真似ようと生きなくてもいい。
あなたの人生の生き方は
あの人のようにはならない。
自分と他者は違う環境で生まれ
違う両親で育ち
養育環境も全く違う
なのに、同じように経験し
同じような価値観や未来があることの方が不自然。
自分にある才能
生まれもった感覚、得意や好き
慣れ親しんでいる事柄
興味の分野。落ち着く感覚、
夢中になって時間を忘れる事柄
とにかく楽しい面白い、興味が溢れていく事柄
アイデアが膨らむ分野
もっともっと時間を使って過ごしたい事柄。
誰もが、生まれながらに備わっている。
そんなこと…
小さすぎて、こんなこと?
と、いうような日常の中にある。
そこに視点を向けて、楽しむことから
自分を追求し楽しんでいくと
本当に極めたい分野、人生かけて取り組みたいことが見えてくる。
努力が必要な時もあるかもしれない。
だけど、
結果を出すのはまだまだ先でいい。
人生の途中だから
まだまだ、始まったばかり
楽しんでいくうちに、
結果ではなく未来が鮮明に見えてくる
たどり着いた先が結果でいい。
人生の途中は
まだまだ人生の評価はいらない。
あちらの世界に戻って
雲の上からゆっくり人生を振り返って評価しても遅くないんだよ。
あなたの好きを生きて
あなたの人生を創造して生きていく
わたしの人生だから